切り絵作家モチメ
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英国切り絵滞在記6 美術館

"20:50" RICHARD WILSON  at The Saatchi Gallery

英国切り絵滞在記6 「美術館」

ヨーロッパで美術館めぐり。あまりに王道。
大学生くらいのときに「老後の楽しみにしよう」と心に決め、それ以降記憶の引き出しに入れっぱなしに。
ロンドンからパリは電車で行けるよ、すぐだよと教わって(全然知らなかった)ひと月の滞在の最後、数日パリに行きました。
フランスって興味の対象がわからない・・・なんて思っていましたが、あ、美術館があった。正攻法すぎて、忘れていた。

ロンドン〜パリと、時間の許す限り足を運びました。
行った順番に載せます。
限られた時間でしたが、これまで作品の参考にしてきた、デッサンしてきた、教科書で見た、オリジナルの数々を観ることができました。眼福至福この上なし。
嗚呼、次はイタリアにも行きたいね!!

1、ナショナル・ギャラリー


スーラ、グレコ。
人が絵を見ている様子を見るのも好きです。絵の外の目撃者という感じで。

ロンドンの美術館では、結局ここが一番好きだった。

ボッティチェリ、レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロ・・・ルネサンスの巨匠たち。
ここではとりわけ、ヤン・ファン・エイク。
こんな間近で観られるなんて、なんて贅沢。
レオナルドの作品は、油彩も素描も、人間が手で描いたのではないような・・・なんとも異質で、ぞわぞわ来ます。


どこのミュージアムショップでも、画材の取り扱いが多かった。
これは日本ではあまり見かけない、いいことだと思う。
絵を観て、創造性に刺激を受けて、すぐ取り組めるこの近しさ。すてきだ。

2、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
ロック名所めぐりでも触れました。
目的はピート・タウンゼントのギターでしたが、装飾美術の収蔵品が多く、楽しみました。楽しすぎました。
モノ、多すぎ!
鉄の螺旋天国はめまいがした、好きすぎて。

欲しい・・・
どこまでも続く、ぐるぐる天国。


歩き回ってヘトヘトで、ペタリ座り込んだベンチから、ふと目に入った小さな文字。
Cut Paper...?
取っ手がついている、もしや。
その引き出しを開ければ、200年前の異国の切り絵が。

まじか・・・
さらに帰り際、その不敵な面構え、まさか。

パックだし!(フロム『真夏の世の夢』)
容赦ないですね、隅から隅まで。

カップ&ソーサー。
どこ持てばいいの。


3、大英博物館

パルテノンの彫刻もですが、ギリシャの壷が観たかったんです、赤絵の、黒絵の、壷が。
線描で描かれた神々の姿、螺旋、植物、翼、動物、楽器、調度。

極まった線描に目がない私には、まさにツボ。
それと、ケルト。
今回の切り絵で参考にしたケルト模様の、オリジナルにも会えた。
時を超え伝わる美しい形の力強さは限りなく。
 
 
4、テート・モダン
おりしも、マティスの「CUT OUTS」の特別展が開かれていました。
マットな質感に着彩された色紙を、切りぬき、構成された大作の数々。
大きな色面による形の構成は、今後のヒントになりました。
いつか細かい作業ができなくなったときに、たぶんすごく参考になる、するであろう。
こういった蓄えは、すぐに必要にならなくても、忘れたころに取り出せるよう、記憶のストックへ。

一番好きだったのは、青の色面で構成された女性の体。
印刷物だとわかりにくいですが、たくさんのパーツで女性の体が形作られていました。
モチーフに女性が多かったです。


”CUT”の文字の下にいるだけでうれしい。

5、テート・ブリテン
ラファエル前派が目的。いよいよの、イギリス絵画ですよ!
収蔵品はよかった、観たかったものたくさん。
しかし、照明が、ディスプレイが・・・絵が、観えないんですけど!
あとでイギリスの友達に、あの美術館の収蔵品はすごいのに、照明とディスプレイは残念だと言ったところ、ここでもみんなそう言っている、とのことでした。
ミレーのオフィーリアも、え、これオフィーリア?オリジナル?とわからなかったほど。
文化村で観たときの浮かび上がってくる美しさとは、全く別物。光にさらされすぎて。
ジョン・ダンカンもバーン・ジョーンズもすごいのがたくさんあるのに、反射で観えないよ・・・もったいない。

広い壁面を上から下まで埋め尽くしていて、贅沢といえば贅沢ですが。
あ、このオフィーリア、漱石の「草枕」に出てくるのですね。
どこで観たのかなあ、不勉強でわからず。


コンテンポラリーも。この光の具合はいい。

6、サーチ・ギャラリー
冒頭に載せた、リチャード・ウィルソンのオイル部屋のある、現代アートの美術館。
美術の分野で最も好きなのは平面の絵画ですが、コンテンポラリー、インスタレーションも、実際に行けば何らかの楽しみ、興味が見つかります。
全然引っかからずに素通り、また、不快感を感じて立ち去ることも、自分の感覚のひとつを知ることになり、それも大切な体験です。
私の足袋が映り込んでいる。
オイルの黒、ライトの反射、ガラスの映りこみ。
この作品を維持するのは大変なことだ。

ここで思ったのが、「美術」とう日本語の言葉の不思議です。
しばしば、言葉の出自が気になります。
今使われている言葉は、古くから日本に伝わってきた言葉と、近代化の時点で西洋の言語を翻訳?造語?した新しい言葉が混在しています。
今の日本語では、「美術」は「芸術」の1ジャンルとしての定義ですが、英語では、「美術」も「芸術」も、Art、ですよね。(ですか?美術はFine Artとも、するか。)
なぜ、日本語では、「美術」というジャンルだけが、「美」うつくしいという字を含むようになったのか。
音楽だって、文学だって、美しさを含むじゃないですか。
美術だって、美しさとはちがう表現を、含むじゃないですか。
なのになぜ、視覚芸術に限って美術と言う?
岡本太郎は『今日の芸術』の中で「芸術は「きれい」であってはならない」と言いましたが、これも、美術という日本語があってこそ、より強い意味を持つ言葉であると思います。
ちなみに岡本太郎は大好きです。
ちょうど私が高校生のころ、美大を目指すことに決めたころに亡くなり、よく本を読みました。青山も川崎も行って、敏子さんがいるかも・・・!なんてドキドキしたものです。
そう、「現代美術」という言葉が、難しいなと思ったのです。
ああ、でも、その時代の「美」を問う表現と考えれば、やはり、現代「美」術でいいのか。
美しいってなんなのか。
それを問うているのか。
着物の回でも書きましたが、どうも、ここに思い至る旅のようです。

(語源が気になって、Wikipediaに聞いてみました。やはり明治のようです。以下、「美術」から抜粋引用:

「美術」の語源
日本語の美術は芸術即ち、『後漢書』5巻孝安帝紀永初4年(110年)2月の五経博士の劉珍及による「校定東觀 五經 諸子 傳記 百家蓺術 整齊脫誤 是正文字の「蓺術」から来ており、本来の意味は技芸と学術である。
「美術」は、1873年(明治6年)、日本政府がウィーン万国博覧会へ参加するに当たり、出品分類についてドイツ語の Kunstgewerbe および Bildende Kunst の訳語として「美術」を採用したのが初出とされる(山本五郎『意匠説』:全文は近代デジタルライブラリ所収)。すなわち「墺国維納府博覧会出品心得」の第二ケ条(展覧会品ハ左ノ二十六類ニ別ツ)第二十二区に「美術(西洋ニテ音楽、画学、像ヲ作ル術、詩学等ヲ美術ト云フ)(後略)」と記される。あるいは西周 (啓蒙家)が1872年(1878年説もあり)『美妙学説』で英語のファインアート(fine arts)の訳語として採用した(「哲学ノ一種ニ美妙学ト云アリ、是所謂美術(ハインアート)ト相通シテ(後略)」とある)
また、1877年(明治10年)の『内国勧業博覧会区分目録』には、「第三区 美術 但シ此区ハ、書画、写真、彫刻、其他総テ製品ノ精巧ニシテ其微妙ナル所ヲ示ス者トス」とあり、ファインアートのうち視覚芸術に限定した概念となった。詩、音楽、演劇などは上位概念の「芸術」が使われている。)

あと、ぜんっぜん関係ないのですが、クリムト。
クリムトって、初期は写実、スーパー・リアリズムだったんですね!
知らなかった・・・
7月に実家帰ったときにポストカードがあって、あれ、これ、全部クリムト?って驚いてしまった。

7、ナショナル・ポートレート・ギャラリー


肖像、時事にまつわる作品の他、神話、宗教画も多く、もう一度ゆっくり観たい美術館です。

ロンドンの大きい美術館で、今回行ったのは以上。
この他、地方の博物館や街のギャラリーへ。
よく回りました。

ユーロスターでパリへ。
2泊3日で自由に動けるのは真ん中の日中のみだったので、モロー美術館にしぼり、少し街歩きして時間ができたので、2時間ほどルーブルへ。

8、モロー美術館

ギュスターヴ・モローには思い入れがあります。
高校2年生の遠足が上野で、そのときに
西洋美術館でモローの特別展が開かれていました。
もちろん絵は好きだったしそれまでいろいろな展覧会にも連れて行ってもらっていましたが、これだけ、ひとりの作品の力に魅せられ、ぐいぐいと作品に引っ張られる体験は、この展覧会が初めてでした。
このときに、美術展で作品と対峙する自分なりの感覚をつかみました。
モローの数をまとめて観られるのは、そのとき以来。


生き物のような螺旋階段。

モロー美術館にある作品は未完が多いのですが、むしろそれが、今回ぐっと来た。
自在に筆を走らせているように思われる線と、非常に緻密にグリッドを組んで、下絵を拡大して写しているところと、両方を見られて。
こらすごいと、ぼたぼたと涙を落としながら、その日の午前の開館時間、目一杯、見尽くしました。


螺旋階段の上から。

デッサンもすべて観た。
アトリエに浮世絵が飾られていて、ほおと思い、ほお、ジャポニズム、影響していたのか・・・まさか描いてないだろうなあと思ったら、あった。
モロー、浮世絵を模写していました。
う、わー。。。
泣いたり声に出さずに叫んだり、忙しいです。


なんてすてきな。室内。窓。
モローも見た景色、なのかな。

9、ルーブル美術館
締めは、ルーブル。
イタリアに行っていないのにどうかと思いますが、でも言ってしまう。
西洋美術の美術館では、間違いなく世界一、でしょう。
ボッティチェリが、ラファエロが、素通りされる美術館て!!
なんてことだー
みんなまずはモナ・リザを目指していくので、そのエリアの途中にある巨匠たちが、後回しにされるのですね。
おかげでゆっくり観られました。
本当にびっくりよ。

しかも建物自体がこれですもの。

なんなの・・・

彫刻もね・・・


マルス!
胸の筋肉を見て、ああ、この厚み!と、石膏デッサンしていたときの20年前の感覚をありありと思い出した。

ニケは修復中との情報をウェブで見ていて、観られないかなあと思っていたのですが、真新しいホールで迎えてくれました。

このムーヴメント。
近くで観ていると、服をたなびかせる海の風が肌に感じられるようでした。

 


駆け足だけれど、たくさん観たなあ。
なんだか、10代のころレプリカをじっと見ていた、西洋美術のオリジナルとたくさん出会って、そのころの自分とも出会いなおしたようで、面白い感覚でした。

ふと、メトロで乗り合せた人びとに、ギリシャ彫刻の神々の姿や、宗教画の天使の姿が重なる。
スーツのビジネスマンに、ワンピースのレディーに、カラフルなTシャツの子どもたちに・・・
今、リュックを背負ってこの絵を見ている彼女にも、女神の姿が重なって見える。
頭蓋骨の形、体の厚み、カールした髪の質感が、美術作品を通して見つめてきた、古代の西洋の人びとの姿、そのままを受け継いでいる。

時間が交錯します。

彼らの、東洋人とは異なる骨格、筋肉。
かえりみて、日本にいれば、ツケマにシャドウでパッチリメイクをした女の子の、その、素の、遡った姿が見えてしまう。屏風に、掛け軸の中に、着物でたたずんでいる姿が。
どちらも、それぞれに美しさを湛えて。


それと、この滞在中に改めて思ったこと。
男性の、女性のヌードに対する憧れ思い入れは、相当なものなのだということ。

女の身ではふと忘れてしまう・・・それだけでなく、日本では、男性が女性の身体の美しさを表立って讃えることが少ないということも、意識しないできてしまう要因かもしれません。
奥ゆかしさは美徳でもありますが、美しくあることに、それを賛美することに、遠慮は要らないと思います。

 
| 英国切り絵滞在記 | 10:38 | comments(0) | trackbacks(0)
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